妊婦とトキソプラズマ感染症 ~ 感染リスクと予防法 ~

猫を抱く若い女性 産科
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妊娠中にトキソプラズマに初めて感染すると、お腹の中の赤ちゃんが先天性トキソプラズマ症となる可能性があります。

頻度は妊婦1万人あたり1人と稀ですが、重症の場合は精神や運動発達の遅れ、失明につながる場合もあります。

ワクチンがないため、感染経路を知ってそれらを避けること以外に予防法がありません。

ご家族とともに正しい知識をつけて、赤ちゃんを病気のリスクから守りましょう。

 

1)トキソプラズマ感染症とは

 トキソプラズマは、家畜の肉や感染したばかりのネコの糞や土の中などにいる、人畜共通寄生虫です。とても小さな単細胞動物なので肉眼では見えません

  感染しても健康な人では無症状の場合が多いですが、リンパ節が腫れたり、インフルエンザのような症状や筋肉痛が出る場合もあります。

 日本では抗体保持率が低下傾向にあり、2013~2015年の大規模調査では、妊婦の抗体陽性率はわずか6.1%でした。つまり、94%の妊婦では、妊娠中初感染→胎児の先天性トキソプラズマ感染症 のリスクがある、という事です。

    2)感染経路

    母子感染を除くと、人への感染は「人が目や口からトキソプラズマを入れた」場合にのみ起こります。

    具体的に感染源となりうるのは以下の3つです。

    庭や畑の土、(公園の)砂場の砂(トキソプラズマを含んだ猫の糞が混じっている可能性がある)

    洗浄が不十分な野菜、果物、生水(トキソプラズマを含んだ猫の糞が付着・混入している可能性がある)

    生肉、冷凍や加熱処理が不十分な肉(感染した動物の肉で、処理が不充分なためトキソプラズマが死滅していない可能性がある)

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     トキソプラズマはほとんどすべての哺乳類・鳥類に感染しますが、ネコ科以外の動物では体内から出てくることはありません。ので、ネコ科以外の動物からトキソプラズマが人間にうつるのは、感染した動物の肉、たとえば豚や牛あるいは鶏の肉(筋肉だけでなく脳などの臓器も含みます)を生で食べた場合のみとなります。冷凍か加熱で感染リスクは無くなりますが、処理中心部がマイナス12度になるまで冷凍庫で数日間冷凍するか、中心部が67度になるまで加熱しないと安全ではありません。

     一方、ネコ科動物の場合、糞の中にトキソプラズマの虫体が排出されます。しかもネコ科動物の糞に混じって排出される虫体はオーシストとよばれる非常に丈夫な構造をしており、一般的な消毒薬で殺すことができません。
    そればかりか土や水の中に紛れ込んで数ヶ月間にわたって生き続けます。
    したがって感染した猫の糞に汚染された土や水、それらの付着した野菜や果物 も感染源となるわけです。

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    3)先天性トキソプラズマ症

     先天性トキソプラズマ症は、妊娠の数ヶ月前あるいは妊娠中に初めてトキソプラズマに母親が感染すると起こり得ます。妊娠の6ヶ月以上前では、母親がトキソプラズマに感染しても、胎児への影響はないようです。

    【頻度】日本での発生頻度は0.013%と、稀な疾患です。

    【症状】

     水頭症、脳内石灰化、網脈絡膜炎が主な症状です。ほか小頭症、失明、てんかん、精神や運動発の遅れ、黄疸、肝臓や脾臓の腫れ 等が見られる場合があります。出生時には何の症状も示さなくても、成長とともに先天性トキソプラズマ症の徴候がはっきりして来ることがあります。そのため、長期間の経過観察が必要です。

     特に問題となるのは、視力障害です。眼の病変だけの場合、学童期まで気づかれない場合もあります。

     胎内を含め、より早期に診断し治療を開始することで、重症化を防ぐことが出来ます。

    4)感染時期による発生率、重症リスクの違い

     母親が感染した時期によって、発生率と重症度が異なります。

    ●妊娠初期の母体感染:胎児感染の頻度は低いが、感染すると胎児は重症化しやすい。流産となる場合もある。

    ●妊娠後期の母体感染:胎児感染の頻度が高いが、感染しても胎児は軽症の場合が多い。

     

     また、妊娠中の母体初感染のうち胎児感染が起こるのは3割のみ、しかも何らかの障害を発症するのは更にその中の15%のみで、残り85%ではほぼ正常に発達(小児期に脈絡膜網膜炎を発症することはあり) というデータがあります。

    大切なのは

    ・母体感染=胎児感染 ではない

    ・胎児感染=後遺障害 でもない  

    ・出生時には問題となる症状がなくても、成長するにつれて症状が出る場合もあるので、長期間の経過観察が必要

    という事です。

     

    5)感染予防

    【予防】ワクチンが無いので、2)の感染経路を避けるしかありません。

    以下に産科ガイドライン2023にある予防策を示します。参考にしてください。

    ①食事からの感染予防

     ・肉は十分に加熱して食べる(調理前に数日間冷凍するとより効果が高い)。牛トロ、レバ刺し、馬刺し、鳥刺し、ユッケ、タルタルステーキなどの生肉だけではなく、加熱不十分な肉、生ハムや生サラミからも感染する。特に、野生動物の肉を用いた「ジビエ料理」は、しっかりと加熱調理する。

     ・野菜や果物はよく洗うか、きちんと皮をむいて食べる。

     ・生肉や洗っていない野菜や果物を扱った調理用具、食事用具、手指は十分な洗剤と温水で洗浄する。

     ・猫をキッチンや食卓に近づけない。

    ⓶環境からの感染予防

     ・飲料水以外は飲まない。

     ・ガーデニングなどで土を触る際は手袋を着用し、土を触った後は手指を石鹸と温水で洗浄する。

     ・土や砂を持ち込まないように手洗いの大切さを子供に教える。

     ・砂場にはカバーをかける。

     ・妊娠中に新しい猫は飼わない。

     ・飼い猫は出来るだけ部屋飼いにし、食餌はキャットフードを与える。

     ・猫のトイレの砂は、妊婦以外の者が毎日交換する。

     

     過剰なストレスにならない範囲で、お腹の赤ちゃんのために、ご家族みんなで感染予防を頑張ってほしいな、と思います。

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    より詳しく知りたい方は、是非「トーチの会」のHPをご覧ください。

                               産婦人科医 まさ

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